2026-07

まちの話

開かずの踏切とワンマン道路

山口幸文さんの思い出 昭和30年に開通した横浜新道(一部)。当時の吉田茂首相が大磯の別邸から国会へ行く際、度々大踏切で渋滞するのを回避すべく作られたといわれ、通称ワンマン道路と呼ばれました。道路の建設中、子どもだった私は工事中の道路の上でロ...
歴史の話

白亜のお寺「善了寺」

浄土真宗本願寺派の寺院で矢部町にきて約400年。白い壁がモダンで「白亜のお寺」として特徴のある建物に惹かれる参拝者も多くその後、親鸞聖人750回大遠忌法要記念事業として、約6年間の工期を経て現在の本堂になりました。正面全体が琵琶湖のヨシで覆...
まちの話

昭和33年(1958)の思い出・三橋景子さん

台風などの大雨で、柏尾川が氾濫することが度々ありました。記憶に残っている最初の大水は、1958(昭和33)年の狩野川台風の時です。田んぼだった時は一帯が遊水池の役割を果たしていましたが、その後宅地開発で集合住宅( 現在のコンフォール上倉田の...
ひとの話

銘菓「ワンマン道最中」の吉田屋本店

大正時代、この土地で創業しました。先代のおばあちゃんは、とっても頑張り屋さんで働き者でしたが、2020年103歳で亡くなりました。 一番この店で売れているワンマン道最中の由来は、いつも大踏切付近の渋滞でストレスがたまっていた総理吉田茂さん(...