まちの話

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開かずの踏切とワンマン道路

山口幸文さんの思い出 昭和30年に開通した横浜新道(一部)。当時の吉田茂首相が大磯の別邸から国会へ行く際、度々大踏切で渋滞するのを回避すべく作られたといわれ、通称ワンマン道路と呼ばれました。道路の建設中、子どもだった私は工事中の道路の上でロ...
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昭和33年(1958)の思い出・三橋景子さん

台風などの大雨で、柏尾川が氾濫することが度々ありました。記憶に残っている最初の大水は、1958(昭和33)年の狩野川台風の時です。田んぼだった時は一帯が遊水池の役割を果たしていましたが、その後宅地開発で集合住宅( 現在のコンフォール上倉田の...
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長年かかった戸塚西口再開発の話

戸塚で果物屋創業90余年豊田屋店主・石井正樹さんに聞きました 私は、3代目です。 祖父が第一次世界大戦から帰国後の1933(昭和8年)年、戸塚で乾物屋を始めたのが始まりです。 結納のかつおぶしや、お節句のタラなど、需要は多かったようですよ。...